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広島地方裁判所呉支部 昭和45年(わ)92号 判決

主文

被告人を懲役一七年に処する。

未決勾留日数中六〇日を右刑に算入する。

押収してある挙銃一丁(昭和四五年押三五号の一四)を没収する。

理由

(被告人の経歴及び本件第一の犯行に至るいきさつ)

被告人は、昭和二二年一月一一日、本籍地において、父靖、母恒子の次男として出生したが、幼くして父を失い、間もなく母とも生別し、以後は、祖父母に養育された。その祖父母も相次いで中学卒業までに死亡し、中学卒業後は、東京において、花島電機で働く傍ら、都立大山高校定時制に入学したが、一七才の時、故郷の江津市に帰り、当時暴力団山陰柳川組江津支部長であつた井上章の輩下となつたが、間もなく同組が解散したため、昭和四一年初めころ、右井上の紹介で、呉市内の暴力団美能組幹部藪内勲の輩下となり、同人が経営する三平興業株式会社の自動車運転手として、右藪内方において同人と生活を共にし、右美能組の若い者となつていたが、右美能組は、昭和三八年ごろから暴力団共政会山村組との間に紛争を生じ、激しく対立抗争して相互に相手方幹部或いは組員らを殺傷し、昭和四四年秋にも美能組の友好団体である暴力団宮岡組組長宮岡輝雄が広島市内で射殺されたこともあつて、両者のにらみ合いが続いてたのであるが、被告人も昭和四五年五月初旬ごろ、山村組傘下樋上組の世話になつている竹本雄二に日本刀で傷を負わされ、しかも前記藪内らが右竹本の親分である暴力団樋上組組長樋上実と折衝したのにかかわらず、同人が謝罪の誠意を示さないと感じて強い不満を抱き、かねて用意していた挙銃で右樋上を射殺して仕返しをしようと企てるに至つた。

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一、昭和四五年六月三〇日午後九時二〇分ごろ、呉市中通四丁目七番一五号住田ドレメ前路上において、前記樋上実(当時四五才)が、部下二名とともに、道路の向い側の中通四丁目八番一一号飲食店「雀の里」前路上を、東方に歩いて行くのを発見するや、かねてからの計画通り右樋上を殺害しようと決意し、同所交差点内に至つた同人の背後に駆け寄りざま、所携の弾丸七発を装てんした挙銃(昭和四五年押三五号の一四)で、同人の背後から二発位を射ち、さらに路上に倒れた同人に対して残りの弾丸を連続発射し、七発全部を同人の左背部、左側頸部、胸部、腹部等に命中させ、よつて、同人をして、左背部から右前胸部に貫通する銃創による心臓破壊のため、その場において即死せしめて殺害した

第二、法定の除外事由がないのに、前記日時場所において、コルト四五口経拳銃一丁および実包七発を所持していた

第三、昭和四四年二月六日午後七時ごろ、同市本通一丁目山重質店付近において、北野年雄(当時二一才)を目撃するや、同人が、自己の親分である美能組幹部藪内勲が経営する三平興業株式会社を無断でやめて、美能組と反目関係にある樋上組の組員と交際していることに因縁をつけ、同人を付近の小路に連れ込み、手拳で同人の顔面を三、四回殴打し、腹部を一回足蹴りし、さらに、同人を自己が運転する普通乗用車に乗せて、同市和庄本町所在の墓地に連行し、同所において、同人の顔面を手拳で十数回殴打したうえ、同人の顔面を墓石に押しつける等の暴行を加えた

第四、同年一〇月中旬ごろ、同市本通四丁目九番二三号三信ビル内藪内勲方において、右藪内および高木幹(当時三〇才)らと飲酒するうち、右高木がしつこく右藪内を非難したことに腹を立て、右藪内と互いに意を通じ合い、右藪内において陶器製灰皿で、被告人において箒の柄で、それぞれ右高木の頭部を殴打する等の暴行を加え、よつて高木に対して全治まで約三週間を要する頭頂部挫裂創の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)〈略〉

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は刑法一九九条に、判示第二の所為のうち拳銃所持の点は銃砲刀剣類所持等取締法三一条の二第一号、三条一項に、実包所持の点は火薬類取締法五九条二号、二一条に、判示第三の所為は刑法二〇八条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、判示第四の所為は刑法六〇条、二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、それぞれ該当するところ、判示第二の所為は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い銃砲刀剣類所持等取締法違反の罪の刑で処断することとし、判示第一の罪の刑については所定刑中有期懲役刑を選択し、判示第二ないし、第四の各罪の刑については、いずれも所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪なので、同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第一の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一七年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち六〇日を右刑に算入し、押収してある拳銃一丁(昭和四五年押三五号の一四)は判示第一の犯行の用に供した物でかつまた前示第二の犯行の組成物件であり犯人以外の者に属しないから、同法一九条一項一、二号、二項を適用してこれを没収し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件殺人の動機について、被告人は単に竹本雄二に日本刀で刺されたことに対する報復として、たまたま本件現場において樋上実を目撃した際に、とつさに生じた殺意から行つたものであり、決して計画的犯行ではない旨、弁護人が初めて拳銃を持つて外出した六月二七日には、すでに藪内と樋上との交渉は難航のすえ中断しており、被告人はそのことを知つていたこと、被告人は平素は土曜日の夜以外は一人で外出しないにもかかわらず、本件犯行当日(六月三〇日)は火曜日であり、その夜八時ごろ一人で外出していること、当日は朝から雨がふり、しかも商店街は定休日であるにもかかわらず、被告人は何の目的もなく中通を歩き回つており、途中どこにも寄つていないこと、樋上を殺害後は、何のためらいもなく、直ちにタクシーに乗つて自首したこと等の事情を合わせ考えるならば、仮に「雀の里」前で樋上を見つけた事は偶然であつたとしても、被告人はかねてから樋上を殺害する事を企て、当日も同人をさがし求めて雨の中をうろついていたものと考えられ、本件犯行は計画的なそれであり、決して単純な偶発的な犯行ではないといわねばならぬ。また竹本に対する報復を樋上に向けたことから考えるならば、本件犯行には美能組対樋上組の対立抗争関係が根ざしていることを否定しえない。

しかも本件殺人の所為は、被害者樋上の背後から狙撃し抵抗力を失つて路上に倒れた同人に対して、つづけさまに残りの弾丸全部を射ち込み、七発全部を命中させているのであつてその犯行の態様は甚だ冷酷残忍であり、非人道的であるというべきである。

以上の事情から考えれば、被告人の罪責は極めて重大であると思われるが、一方、被告人の年齢や、不幸な生い立ちのほか、暴力団員であるとはいえ、過去に同種前科のないこと、被告人がさきに前記竹本雄二に日本刀で刺されたのが本件殺人のきつかけになつたこと、さらに、犯行後直ちに自首したこと等、有利な事情をも考慮するならば、被告人を無期懲役に処するのはやや重きに失するから、前記のとおり有期懲役刑を選択したうえ、懲役一七年に処するのが相当であると考える。

(追加訴因についての判断)

本件公訴事実中被告人が判示第一のとおり樋上実を射殺するにあたり一弾を同人の身体貫通後、さらに付近通行中の岡崎哲男の左腹部に命中させたが同人に加療約三週間を要する左腹部盲貫銃創を負わせたに止まり殺害の目的をとげなかつた旨の訴因については、諸般の証拠によりその外形的事実を認めることができるが、被告人が右岡崎に対し確定的な殺意はもとよりいわゆる未必の故意すらも有していたことはこれを認めるに足りる証拠がない。

すなわち被告人は判示犯行のすべてを自供しているにもかかわらず、右訴因についてのみ殺意を否認し、岡崎ら通行人が現場付近に存在していたことは全く知らなかつた旨供述しているが、野村勝ら目撃者の供述によつても当日現場付近は通行人が殆んど見当らず、小雨模様で薄暗かつたので、右野村らも岡崎の姿に気付かなかつたというのであるから、被告人の右供述を単なる弁解として排斥することはできない。

そうすると被告人において、その存在すら認識していない岡崎に対し何らかの故意を有していたと認めることは困難といわざるをえないのであるが、検察官はこれに対し「いやしくも人を殺害する意思を以てこれに暴行を加え因つて人を殺害したる以上はたとえその殺害の結果が犯人の目的としたる者と異なりしかも犯人においても毫も意識せざりし客体の上に生じたるときといえども暴行と殺害の結果との間に因果関係の存すること明らかなる以上は犯人において殺人既遂罪の刑責を負うべきは勿論」とした大正一五年七月三日大審院判決及びその余の判例を引用し、公衆の通行する場所で強大なる威力を有する銃器を発射して樋上を狙撃した以上、その一弾が通行人に命中負傷させたことはむしろ当然の結果であるとして被告人に殺人未遂の刑責ありと主張する。

しかしながら、本件において被告人は、樋上を殺害する意図の下に拳銃を発射し、その目的をとげているのであるから、これについて認識と現実との間の不一致は存在しないのであつて、被告人の意図を超えて発生した岡崎に対する傷害は、むしろ過剰結果とも称すべく、いわゆる方法の錯誤を以て論ずべき限りではないといわなければならない。

もとより検察官引用の前記判例中には、かかる場合においても犯人の故意も阻却しない旨強調している例も存するが、仔細にこれを検討すれば右はいずれも犯人に未必の故意の存したことをうかがわしめる事案であることが注意されなければならず、本件に適切な先例たり得ないものと思われる。

被告人の本件犯行の危険性、反社会性は検察官所論のとおりであるが、これを以て被告人にいわゆる未必の故意ありとすることにはにわかに賛同しがたく、故意と過失との限界を不明ならしめることにもなりかねないというべきである。

そうだとすれば、被告人の岡崎に対する未必の故意すら認められない本件においては、いわゆる錯誤の理論に基いて、同人に対する殺人未遂罪の刑責ありとする検察官の主張は到底採用することができない。

そうすると岡崎に対する傷害について、被告人に過失責任の存否が問題となるのであるが、右は訴因の変更を必要とするところ、本件にあらわれたすべての証拠に照らし、被告人に過失傷害もしくは重過失傷害の罪責を負わしめるに足りる資料が充分とはいいがたいので、これについて敢て職権で訴因変更を命ずる必要はないものとする。

以上の次第で本件殺人未遂の訴因については、犯罪の証明がないこととなるが、右は判示殺人罪と観念的競合の関係に立つものとして起訴されたものであるから、この点につき主文でとくに無罪の言渡をしない。

よつて主文のとおり判決する。(西俣信比古 富川秀秋 山森茂生)

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